トーンコントロールによく用いられているBaxandall型回路について、Excelを用いてシミュレーションしてみました。使用する抵抗やコ ン デ ンサの値を変 化させ ることで、周波数特性や入力インピーダンスが変化する様子を見ることができます。計算式を作るのは面倒ですが、一旦作ってしまえば回路定数を様々に変化させて検討すること ができます。当然ながらシミュレーションソフトを使用すれば同じことが簡単に実現できますが、ブラックボックスを排し、自分で式をたてるところから手作り でやってみ ることに趣味としての意義を見出しています。
Douglas Self 著 Small Signal Audio Designという本にトーンコントロールに関する章があり ます。(Capter 10)この本によれば、Baxandall Tone Control回路は、1952年にBaxandall氏によってWireless Worldという雑誌の10月号にNegative-feedback tone controlという題名で発表され、その後トーンコントロール回路としてはこの方式が一般的なものになったそうです。(p.259)以前からこの種の様々な回路をBAX 方式やラックス 方式として見てきましたが、ボリウムに中点端子が付いているなど 複雑でよく理解できていませんでした。Self 氏の本を読んで反転増幅回路の帰還回路のインピーダンスを周波数によって変化させて回路の増幅率を調節しているものだと理解することができました。下の図 のY1とY2の比率を周波数によって変化させるわけです。また、ボリウムの中点端子も必要不可欠というわけではないこともわかりました。
回路の方程式を解くことで、上の回路図のゲインは以下の式で計算できます。Y1,Y2が抵抗や
コンデンサによっ て
構成される場合には周波数によってアドミタンス(インピーダンスの逆数)が変化することで、回路の周波数特性が変化します。また、V1をi1
で割ることで入力インピーダンス(Zin)も計算できます。さらに、Voutをi2で割ると、オペアンプ出力側から見た帰還回路の
負荷インピーダンス(ZL)も計算することができます。下記に計算結果のみ掲載します。なお、Aは増幅器の利得を示します。途中の計算はこちらをご参照ください。
上の計算の手法を応用してBaxandall型トーンコントロール回路の解析を試みます。ところで、Small Signal Audio
Designには、高音調節と低音調節にそれぞれ一つのコンデンサを用いる方式と、それぞれ二つのコンデンサを用いる方式が紹介されていま
す。
1)高音調節と低音調節にそれぞれ一つのコンデンサを用いる方式(1Cバージョン)
2)高音調節と低音調節にそれぞれ二つのコンデンサを用いる方式(2Cバージョン)
Self氏によると、1Cバージョンの回路と2Cバージョンの回路の違いは低音部分のカーブの立ち上がり方にあるとのことです。1Cバージョンの場 合は同じ周波数から変化 し だすのに対して、2Cバージョンでは、低音の調節ボリウムを上昇させるにしたがってカーブの立ち上がりが高い周波数に 移動するとのことです。
二通りの回路について方程式をたて、周波数による出力電圧やインピーダンスの変化をExcelで確認してみました。真空管回路での応用を計画してい る ので、元の回路よりも高いインピーダンスとし、増幅回路のオープンゲインAを15倍としています。Self氏の解説通り、Bassの立ち上がり方に回路方 式による違いがみられました。また、1Cバージョンの回路のほうが、周波数特性のうねりが少ないことも確認できました。Self氏の解説によれば、1C バージョン の回路はミキ シングコンソール向き、2Cバージョンの回路はhi-fiシステム向きであるとされています。理由として2Cバージョンの回路でスピーカーの低音不足を補う際に低音域の他 の部 分に影響を与えにくいことが挙げられています。(前掲書P.263)
1Cバージョンの回路のBass側周波数特性の変化 R1=R4=91kΩ、R2+R3=500kΩ、R5=1MΩ、R6+R7=500kΩ R8=390kΩ、C1=3300pH、C2=47pF、A=15 |
2Cバージョンの回路のBass側周波数特性の変化 R1=R4=62kΩ、R2+R3=500kΩ、R5=100kΩ、R6=R9=33kΩ R7+R8=500kΩ、C1=C2=4700pF、C3=C4=680pF、A=15 |
高音側の二つの回路の違いについても調べてみました。2)の回路の方が周波数特性のうねりが大きいのはBass側と同様です。高域が上昇し始める周
波数に関してはBass側のような違いは見られません。グラフの形を見ると、1)の回路の方が素直に見えます。
1Cバージョンの回路
の Treble側周波数特性の変化 R1=R4=91kΩ、R2+R3=500kΩ、R5=1MΩ、R6+R7=500kΩ R8=390kΩ、C1=3300pH、C2=47pF、A=15 |
2Cバージョンの回路
の Treble側周波数特性の変化 R1=R4=62kΩ、R2+R3=500kΩ、R5=100kΩ、R6=R9=33kΩ R7+R8=500kΩ、C1=C2=4700pF、C3=C4=680pF、A=15 |
1Cバージョンの計算過 程は こちらをご参照ください。計算結果のExcel のイ メー ジは 下記の通りです。計算式が複雑なので、部分ごとにセルを分けて計算したため、大きな表に なっています。BassやTrebleのボリウムに相当する抵抗値を変化させて周波数特性の表を作成することで、上の図のようなトーンコントロー ル特性のグラフを作成することができます。
入力インピーダンスZinの算出には、上のシートとは別にシートを作成し、Y1からY6の値及びV2の値等を1枚目のシートからリンクして、入力イ ンピー ダンスの計算式によって入力インピーダンスを算出しています。Trebleのゲインを高めると周波数の高い領域で入力インピーダンスが低下していくことが わかります。一番低くなる場合には20kHzで24.5kΩ程度に低下することがわかりました。真空管回路に適用する場合、前段の出力インピーダンスを低 くしておく必要があります。
同様にオペアンプ出力側からみたRC回路のインピーダンスZLを計算した結果も示します。
入力インピーダンスとは逆にTrebleのゲインを下 げるとインピーダンスが低下し、20kHzで16.5kΩまで低下しています。オペアンプでは問題になりませんが、真空管回路ではかなり厳しくなります。 ただし、実用上Trebleのゲインをあまり下げることはなく、Treble側ボリウムの位置ががフラットであれば、20kHzで60kΩ 以上のインピーダンスがあるため、使用していて問題にはなりにくいかもしれません。
2Cバージョンについても1Cバージョンと同様にエクセルの表とグラフを作成しました。計算過程はこ ちらをご参照ください。
入力インピーダンスも 1Cバージョンと同様の傾向を示しますが、2Cバージョンのほうが最低値が低くなっています。20kHzで18.4kΩまで低下しています。 一方最高値は1Cバージョンよりも高く、インピーダンスの変動が大きいことがわかります。
オペアンプ出力側から見たRC回路のインピーダンスZLも1Cバージョンと同様の傾向ですが、2CバージョンのほうがZLの低下が著しく、 20kHzで 12.8kΩまで低下して い ます。また、インピーダンスの変動が1Cバージョンに比べて大きいのも入力インピーダンスと同様の傾向です。
スピーカーの低域不足への対応と加齢に伴う高音域の聴力低下への対応を兼ねて、これらの解析をもとに、真空管式カー
オーディオのプリアンプにトーンコントロールを組み込んで製作しようと思いました。1Cバージョンと2Cバージョンのシミュレーションの結果を参考に両者を組み合わせた別
の回路を 検討しました。長くなるので、この回路については、別のページを
ご参照ください。
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